中山道
浦和の街の南北の軸で、かつての街の背骨。 商店も多く集積していましたが、1990年前後から金融街としての色が濃くなったようです。

再び「浦和駅西口」交差点へ。ここから北へ歩きます。

中山道、北方向。オフィスのある雑居ビルが目立ちます。

中山道、南方向。交通量がそれなりに多く、車が主役の雰囲気もあります

途中で西へ入ると門前通りへ、正面には「玉蔵院」があります。

さらに北へ進みます。宿場町・浦和の中心は駅から見て北西にあたります。

須原屋書店は浦和の地場書店。中山道沿いのこの場所という立地に歴史を感じます。

ローソン浦和店。あまり変哲のない古いビルに見えますが、かつて存在したダイエー浦和店の居抜きにあたるようです。
ダイエーに限らず、中山道沿いやその周辺にかつては今より多くの大型スーパーがありましたが、駅前の市街地改造が落ち着いた少し後で立て続けに閉店を迎えた時期がありました。ニチイ(1982年閉店)、十字屋(1984年閉店)、丸井(1985年閉店)、西友(1992年)など……。
駅前の市街地改造は、商業重心が中山道沿いから駅を中心としたエリアに大きくシフトするきっかけの一つになったのかもしれません

うらもん商店街は、なかまち商店街から西に続く通りです。中山道と交わる場所からこの名前になります。

埼玉県庁の裏門へ通じていることから来たらしいこの通り。レトロな商店が点在しています

西方向。ゆるい屈曲に石畳風の舗装、景観が素敵です

東方向。

西方向。さらに進むと下り坂の末、埼玉県庁の裏に出て行きます。
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中山道へ戻り、北へ進みます

「仲町」交差点付近。埼玉縣信用金庫の建物が目立ちます

「うらわ美術館」。上層階にはロイヤルパインズホテル浦和がありますが、ここは旧浦和市役所跡地。
駅前から離れたこの場所を新たな都市の拠点とすることで、「客の回遊性を持たせる一方、銀行などが目白押しの中山道で押されがちの地元の商店の活性化を図ろう」(埼玉新聞 1985年9月26日)とするものだったといいます

仲町交差点から先、マンションが目立つようになります。電柱地中化もされてない区間。

市街地にはためく浦和レッズのフラッグ。

中山道から分岐する市場通り。「常盤公園」へと続くこの通りは、 かつてこの場所で市が開かれていたとされており、農夫の像が設置されています

常盤公園への通り。

常盤公園。かつて浦和地方裁判所がありましたが、刑務所の移転した県庁南隣へ移転してから、公園として整備されました。

右側が常盤公園。かつての裁判所時代の名残を残します。周辺はマンションやオフィスビルが立ち並ぶ静かな環境です。
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今度は中山道を県庁通りから南側へ。

南方向。オフィスビルが中心です。

北方向。写真奥に浦和駅西口交差点。

さらに南へ進むと、歩道がなくなります。写真のような昔の建物もわずかに。

ほどなくして、左側に大きな緑が見えてきます。

調神社(つきじんじゃ)。「つきのみや」との愛称で親しまれるこの神社は、鳥居がないのが特徴のようです。

調神社の北側には、浦和耕地整理完成記念碑がひっそりと立ちます。
戦前、この周辺で耕地整理事業を活用した宅地造成が進められたという経緯があります。

調神社周辺。住宅街にひっそりアートギャラリーがあります。

調神社周辺。古い建築を生かしたスペースなども。

古地図や告知ポスターが貼られております
西口南側のタワマン群
駅西口、県庁通りより南側・中山道より東側・調神社より北側に、タワーマンションが立ち並ぶ一角があります。

市立高砂小学校の北を東西に横切る通り。中山道側から東方向。 落ち着いた低層の建物が多いこの界隈において、超高層建築が立ち並ぶこのあたりは雰囲気が少し違います

「浦和駅西口南高砂地区」として再開発が進められる一角。

手前はエイペックスタワー。「西口南第三地区再開発事業」により2003年竣工。

周辺は街並みがきれいに整えられています。

低層部には商店が入居。

県庁通りより北側とは対照的なスケール、街並みです。

マンションの街区から南に外れると、レトロな商店街が少しだけ残っている箇所もあります。

「岸四中通り」と題された一角。住宅と飲食店が混ざります。