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日本の街

馬の背台地に細長く連なる回廊都市


水戸

街のあらまし

茨城県の県庁所在地・水戸の街。近世は水戸藩城下町として大いに栄えた歴史を持ちます。

かつての水戸城下町は、那珂川と千波湖に挟まれた東西に細長い土地に築かれました。西側から伸びる台地の先端部に城を置き、 台地上(西側)に武家地が、反対の低地側(東側)に町人地が発達。前者は上市(うわいち)、後者は下市(しもいち)と呼ばれました。

日本で城下町由来の街では、町人地は商業地として、武家地は広い土地を生かし官庁街が発達する例が多いですが、 こと水戸においては、商業地を含めた市街地としての機能がほとんど武家地側(「上市」側)に広がったのが大きな特徴です。 上市側では低地は市街化されず残されており、市街地は水戸駅から上市へ伸びる国道50号沿いを中心とした、東西に細長い形となりました。 駅から銀杏坂をのぼり、西へ向かうと、回廊のように街が姿を変えていきます。

「下市」側は、小規模な商店街が形成されており、イオンスタイルの立地もありますが、あくまで近隣商業的な色合いが強い界隈になっています。

今日では、京成百貨店がある泉町周辺と、水戸駅周辺が市街地の核となりそうな部分で、交通の便が良い後者に大型商業施設の集積が進んでいます。千波湖の東側を埋め立て、駅南口の開発が進むなどの動きも。

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水戸駅北口周辺

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水戸駅。約2.6万人の乗車人員を誇る茨城県を代表する駅。併設の駅ビル「エクセル」は、水戸市街地では最大級の商業施設です。

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駅前広場。ペデストリアンデッキがロータリーに覆い被さる、そこそこ大きい駅ではよく見る構造。雑居ビルに囲まれています

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水戸藩家紋の提灯がぶら下がるあずまやと、複合商業ビル「MYM」。2018年まで丸井が入っていました。
手前には、TVなどでもよく映る水戸黄門像があります

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よく見るとロータリーは駅に向かって下り坂になっており、水戸の地形の機微を感じます。バスの発着苦労しそう。

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駅前広場から西側。古めの雑居ビルがひしめいています

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駅から北西、「上市」の市街地へ向かう 銀杏坂。一直線に伸びる目抜き通りです。

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銀杏坂を北西方向。

宮下銀座

水戸東照宮の門前には、街で唯一の全蓋式アーケード商店街 宮下銀座 が。

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銀杏坂から西に折れる形で宮下銀座へ。「権現さん通り」の愛称がつきます

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台地の縁らしく複雑な地形のY字路。右へ登ると東照宮です。

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宮下銀座の内部はこんな感じ。年季の入った飲み屋が中心ですが、いくらか最近できたであろう店もあり、ニューウェーブ来てる?

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宮下銀座通りの反対側へ。表の参道にあたるのはこちらですかね。

三の丸周辺

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水戸駅から真北へ進むと、旧水戸城の中心に向かう形です。あたり一体は地名としては「三の丸」ですが、これには 水戸城の本丸や二の丸も含まれてしまっております。

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三の丸交差点。正面は史跡っぽいですが小学校があります。都会の真ん中の小学校ですね

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周辺は並木道。水戸駅から程近いですが、大変に落ち着いた環境です

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史跡「弘道館」。旧水戸藩の藩校で、国の特別史跡に指定されています。
三の丸周辺はこのように歴史的な建築の多く集積する界隈で、散歩が捗りそう。

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三の丸を西に進みます。

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中央郵便局前交差点から、三の丸界隈を北に進みます。「裁判所前」交差点周辺は官庁街が発達。

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こちらは茨城県三の丸庁舎。昭和5年に建設され、今となっては県庁の本体はかなりの郊外に移転してしまいましたが、 この庁舎も引き続き使われています。ドラマでの撮影例も多し。

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三の丸庁舎の隣接地には県立図書館も。カフェ併設で市民の憩いの場になっています

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水戸東武館は武道の道場。東武鉄道との関係はありません。

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そしてその奥にも一際目を引く建物が。

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こちらは水戸市水道低区配水塔。高所にあたるこの地から、低地の下市地区に水道水を供給するために1932年に建設されました。 現在は配水塔として使われていませんが、国登録の文化財として保存されています。

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